覚せい剤で逮捕された酒井法子の現在は?介護の仕事は?

80年代にアイドルや女優として大活躍して一斉を風靡した「のりピー」こと酒井法子さんですが、2009年にあろうことか覚せい剤の所持、使用容疑で逮捕されることになりました。

その後懲役1年3ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を受けた酒井法子さんは現在何をしているのか?そして刑事裁判のときに述べていた介護の仕事は一体どうなったのか。これらの謎を詳しくご紹介いたします。

目次

酒井法子のプロフィール

引用:http://www.nigun-niiba.co.jp/sakai/

名前:酒井法子

別名義:さかいのりこ

生年月日:1971年2月14日(50歳)

出生地:福岡県福岡市

身長:157cm

酒井法子さんは1986年にアイドルとしてデビューして以来自らを「のりピー」と名乗り、独特の言い回しである「のりピー語」を流行させるなど80年代アイドルを代表するような活躍をした人物です。

そんな酒井法子さんがアイドルとしてデビューするきっかけになったのは、1985年10月に行われた資生堂が主催の「’86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に出場したことでした。その時のグランプリは同じく80年代に活躍したアイドルの水谷麻里さんでした。

しかし当時の芸能事務所サンミュージックが酒井法子さんを見初め、急遽本来存在しなかった「BOMB!賞」を設立、授与される運びとなってそこから酒井法子さんは芸能界デビューを果たすのでした。

また、同年の12月に福岡県から上京し、当時のサンミュージック社長であった相澤秀禎さんの自宅で下宿生活を始めています。

本格的なアイドル活動

コンテストから翌年の1986年に雑誌「Momoco」の開催したイベントにおけるオーディションでミスVHDソフト賞を受賞し、そのままVHDソフト「YUPPIE」を販売してデビューを果たしました。

いわゆるイメージビデオでのアイドルデビューはこの「YUPPIE」でのデビューが世界初でありそういったことでも非常に話題性の高い人物でした。

また、同時期にTBS系番組「モモコクラブ」にてレギュラー出演して番組の中心メンバーとしても人気を博しました。

その後もアイドル活動、タレント活動を続けていき、平成に入ってからはアジア各地にまで活動範囲を広げており1998年には中国の音楽誌のランキングで1位を取るほどの人気を持っていました。

覚せい剤で逮捕された当時の逃亡劇

引用:https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geinox/265857

平成の中期に渡るまでアイドル、ないし女優として人気の絶世を極めていた酒井法子さんでしたが、2009年の覚せい剤取締法違反の事件を起こしてしまいその立場を大きく落としていくことになってしまいます。

この覚せい剤に関する事件に関しても詳しくご紹介していきます。

酒井法子さんが覚せい剤取締法に関して容疑をかけられたのは2009年8月3日のことであり、発覚の元になったのは酒井法子さんの当時の夫高相祐一被告が東京都渋谷区にて駐車場に停めていた車内から覚せい剤が発見されたことで逮捕されたことから始まりました。

酒井法子さん自身も渋谷警察署から任意同行を求められましたがそれを拒否します。その後酒井法子さんは自宅から大量の荷物を持ち出し、コンビニや量販店で食料や衣類などを買い込んで逃亡を企てたのです。そこから酒井法子さんはしばらくの間完全に姿をくらますことになります。

一方で8月7日に高相祐一被告は酒井法子さんの覚せい剤使用に関して供述します。自宅からは酒井法子さんが使用したと見られる覚せい剤の吸引器が発見されたため、酒井法子さんへの逮捕令状が取られました。

その翌日8月8日に酒井法子さんはみずから出頭してそのまま逮捕となりました。

この任意同行を求められた8月3日から8日の出頭までの実に5日間もの間あらゆるマスコミや捜査の手から逃れるほどに計画的に逃亡を図っていたというのですから驚きです。

介護の仕事はどうなった?

引用:https://www.google.com/search?q=%E9%85%92%E4%BA%95%E6%B3%95%E5%AD%90&rlz=1C1AVFC_enJP792JP792&sxsrf=ALeKk037nIjIqZcVVoYfbVrAKJADGhj0eg:1618403924976&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwjM9LO44P3vAhUDK6YKHUvVC6kQ_AUoAnoECAEQBA&biw=1274&bih=1105#imgrc=bJzlszdORq_5zM

酒井法子さんは2009年10月26日に東京地方裁判所で始まった刑事裁判にて起訴内容を認め、懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を受けました。また、その裁判の中で「今の夫と離婚して覚せい剤との関係位を断ち切りたい」、「芸能界を引退して介護職に付きたい」と述べていました。

また、酒井法子さんは実際に執行猶予中に介護士や音楽療法士を目指すため、創造学園大学ソーシャルワーク学部ソーシャルワーク学科介護福祉コースに入学してそれらの学習を行ってもいます。しかし、創造学園大学は2013年を持って廃校してしまっており、その時点で酒井法子さんの福祉の勉強や介護職を目指すことは終了してしまっていたのだそうです。

それ故に今では酒井法子さんはまた女優やタレントとして活動することに専念しています。

ただし、こういった行動は「公判の場で宣言したことを反故にした」や「介護職というものをイメージアップ戦略の道具にしている」といった厳しい批判の声の的にもなってしまっています。

酒井法子さん自身は「学んだことに関しては何かしらの形にしたい」とも語っており、実際に介護の仕事に関してこれからどうなっていくのかは不明瞭なままです。

まとめ

引用:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/03/27/kiji/20190327s00041000356000c.html

酒井法子さんは80年代から平成中期に至るまで、アイドル、女優の世界で圧倒的な支持を受け続けてきた人物です。

しかしながら覚せい剤に手を染めてしまい、その人気や支持を自ら手放す結果となってしまいました。

今では無事に執行猶予期間を終え、再び芸能活動に復帰するなど今のところは順調に第2の芸能生活を歩んでいるように見えます。これからは道を踏み外さずにしっかりとした芸能生活を歩んでいって完全復活した「のりピー」の姿がまた見れるように応援していきたいですね!